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高松高等裁判所 平成4年(ネ)74号 判決

控訴人

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

白石誠

控訴人

乙川二郎

右訴訟代理人弁護士

西蔭健

中村正夫

被控訴人

丙沢三郎

丁海四郎

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

吉池浩嗣

外五名

主文

一  原判決中、被控訴人丁海四郎に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人丁海四郎は控訴人らに対し、各金一〇〇六万一〇五三円及びこれに対する平成元年二月二八日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人らの被控訴人丁海四郎に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人らの被控訴人丙沢三郎、同国に対する本件控訴をいずれも棄却する。

三  控訴人らと被控訴人丁海四郎との間で生じた訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人丁海四郎の各負担とし、控訴人らと被控訴人丙沢三郎、同国との間で生じた控訴費用は、控訴人らの負担とする。

四  この判決は、主文一項1に限り、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人丁海四郎(以下「被控訴人丁海」という。)、同丙沢三郎(以下「被控訴人丙沢」という。)は各自控訴人らに対し、各金一五〇〇万円及びこれに対する平成元年二月二八日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被控訴人国は、控訴人甲野一郎に対し金一三一〇万円及びこれに対する平成元年九月三〇日から、控訴人乙川二郎に対し金一三一〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(五)  (二)、(三)項につき仮執行宣言。

2  被控訴人ら

(一)  被控訴人丁海

本件控訴をいずれも棄却する。

(二)  被控訴人国

(1) 本件控訴をいずれも棄却する。

(2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。

(3) 担保を条件とする仮執行免脱宣言。

二  当事者の主張

次のとおり当審における主張を付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、〈省略〉と改める。)から、これを引用する。

1  控訴人らの主張

(一)  亡一郎の他人性について

本件には、控訴人らが原審において主張した事実に加え、次のような事実が存するので、亡一郎の加害車両に対する運行支配は、被控訴人丁海及び同丙沢のそれに比し間接的、潜在的、抽象的であって、亡一郎は加害車両につき他人性を具有していた。

(1) 本件事故時、亡一郎は被害車両を運転し、加害車両に同乗していなかったのであるから、加害車両に対し、運転者である被控訴人丁海や同乗者である同丙沢と同程度の運行支配を及ぼすことができなかった。

(2) 被控訴人丙沢は、加害車両に同乗していたので、同丁海がシンナーを吸って意識朦朧となっていたことを知ることができ、また、同丁海がサイドブレーキをかけたままの状態で発進しようとしたことから、同人の運転技術の未熟を容易に知りえたものであり、さらに、同人が急発進、急加速したときに容易にサイドブレーキをかけ減速・停止の措置を採りえたのであるから、被控訴人丙沢の加害車両に対する運行支配は亡一郎のそれに比し直接的、顕在的、具体的であった。

(3) 被控訴人丙沢らが加害車両の運転を始めた平成元年二月二七日午後九時すぎから本件事故発生時までの間に亡一郎が加害車両に乗車していた時間は被控訴人丙沢らに比べて極端に短かった。

(4) 加害車両の管理は被控訴人丁海、同丙沢がなしていた。

(5) 亡一郎が加害車両に乗車した目的はシンナーを吸引することにあった。

(6) 亡一郎は本件事故当時シンナー吸引の影響で正常な判断状態になかった。

(7) 亡一郎は被控訴人丙沢が加害車両を運転するものと思っており、シンナーを吸って意識朦朧となっていた同丁海が運転をするとは予想もしていなかった。

(二)  過失相殺の抗弁に対し

被控訴人丁海は当時運転できる状況になく、被控訴人丙沢から「運転はわしがする。」と声をかけられたのに「大丈夫じゃ。」と言って運転を変わらず、運転操作もままならない状況で急加速進行し、時速一〇〇キロメートルで被害車両に追突したものであるから、本件事故は専ら被控訴人丁海の過失により発生したものである。

2  被控訴人丁海

控訴人らの主張(一)、(二)は争う。

3  被控訴人国

控訴人らの主張(一)は争う。

本件加害車両の窃取は、亡一郎が企て、かつ実行したものであり、本件事故当日も、亡一郎、被控訴人丁海、同丙沢らは、加害車両の乗り回しという共同目的のため交代して運転していたものであるから、たまたま事故時に亡一郎が同乗していなかったとしても、その運行支配の程度は被控訴人丁海のそれと比し同等であった。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求の原因1、2項(ただし、被控訴人丁海との間で、本件事故当時、同被控訴人が加害車両を運転していたとの点を除く。)、3項(一)の各事実は当事者間に争いがなく、また、〈書証番号略〉によれば、請求の原因3項の(二)ないし(五)の各事実、本件事故の当日、亡一郎が加害車両に同乗してから後は、同人と被控訴人丙決が交代で運転していたこと、本件事故当時、被控訴人丁海が加害車両を運転したこと、及び亡一郎は本件事故により脳挫傷、外傷性くも膜下出血、頭蓋骨骨折の傷害を受け、これを原因として死亡したことが認められる(ただし、請求の原因3項(二)、(三)、(五)の各事実は控訴人らと被控訴人丙沢との間で、同3項(二)ないし(五)の各事実は控訴人らと被控訴人国との間で争いがない。)。

二自賠法三条及び七二条一項後段による請求について

1  亡一郎の他人性

亡一郎が自賠法三条の「他人」に該当するか否かについて判断するに、右に「他人」とは、原則として運行供用者及び運転者以外の者をいうのであるが、運行供用者が複数存在していてそのうちのある者が当該自動車の運行により人身事故の被害者となり、当該車両に対する運行支配が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、他の運行供用者の運行支配が直接的、顕在的、具体的である場合には、右被害者は実質的に運行供用をしておらず、右の「他人」に該当すると解すべきである。しかし、右被害者の当該車両に対する運行支配の程度が他の運行供用者の運行支配の程度と同等であるときは、被害者の運行支配が他の運行供用者のそれと比して間接的、潜在的、抽象的であるとはいえないのであるから、被害者は公平の原則などにてらして、右の「他人」に該当しないものというべきである。

これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、亡一郎及び被控訴人丙沢は本件事故当日の数日前に加害車両を窃取し、以後本件事故当日まで、亡一郎、被控訴人丙沢及び同丁海が互いに運転を交代し、ガソリン代を負担し合いながら、加害車両を乗り回していたものであり、本件事故当日も、友人一名を含む四名で、シンナーを吸引しながら、被控訴人丙沢、同丁海及び亡一郎が運転を交代しながら加害車両でドライブを続けていたが、亡一郎が被害車両を運転すると言い出したため、亡一郎方に引き返し、亡一郎が被害車両に乗って「先に行くぞ。」と合図したうえ先に出発して加害車両の追随を促し、被控訴人丁海がこれに従って加害車両を走行させたところ、本件事故が発生したことが認められる。そうすると、亡一郎は被控訴人丙沢及び同丁海とともに加害車両をドライブという共同の目的のため運行に供用した者に該当し、しかも、亡一郎は、事故当時も自ら先頭に立ち一隊をなして被害車両を走行させており、その運行支配の程度は被控訴人丁海及び同丙沢のそれと同等というべきであるから、亡一郎は自賠法三条のいう「他人」に該当しないものと解するのが相当である。

2  控訴人らの主張について

(一)  控訴人らは、本件事故時に亡一郎が加害車両に同乗していなかったことを根拠に、亡一郎の運行支配の程度は被控訴人丁海及び同丙沢のそれに比べて低かった旨主張するが、前記のとおり、本件事故は被控訴人丙沢、同丁海及び亡一郎が運転を交代しながら加害車両をドライブしていた過程において発生したものであるから、たまたま本件事故時において亡一郎が被害車両を運転し、加害車両に同乗していなかった一事でもって、亡一郎の運行支配の程度が被控訴人丁海及び丙沢のそれと比べて低いということはできないから、控訴人らの右主張は採用できない。

(二)  控訴人らは、亡一郎の乗車時間が控訴人丁海及び同丙沢のそれと比べて短かった点を主張するが、前記認定事実によれば、亡一郎は本件事故当日加害車両に一時間以上乗車して、その間運転もしていた上、もともと、加害車両を窃取後、亡一郎は控訴人丁海及び同丙沢とともに加害車両を乗り回していたものであるから、控訴人らの右主張は結論に影響を与えるものではない。

(三)  さらに、控訴人らは、控訴人丁海及び同丙沢が加害車両を管理していたと主張し、〈書証番号略〉によれば、事故前日の控訴人丁海及び同丙沢の運転開始時点においては、同丙沢が加害車両の鍵を持っていたことが認められる。しかしながら、〈書証番号略〉によれば、控訴人丙沢は事故前日に亡一郎から加害車両を借りていたことが認められるので、控訴人らの右主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。また、右三名のうちいずれの者が加害車両を管理していたとしても、当時、右三名でもって加害車両の乗り回していたものであるから、その運行支配の程度は右三名間において同等であったと認めるべきであり、いずれにしても控訴人らの右主張は採用できない。

(四)  さらに、控訴人らは、亡一郎が加害車両に乗車した目的はシンナーを吸引することにあったと主張するが、前記認定説示のとおり、亡一郎はシンナーを吸引するとともに加害車両の運転をしていたもので、控訴人丁海及び丙沢とともに共同してドライブしていたと認めるべきであるから、控訴人らの右主張も理由がない。

(五)  なお、控訴人らは、亡一郎がシンナーの影響で正常な判断状態になかった点及び亡一郎は被控訴人丙沢が運転するものと思っていた点も主張するが、これらの点は加害車両に対する運行支配の程度に何ら影響を及ぼす事情でないから、控訴人らの右各主張はその前提において失当である。

3  結び

以上の次第で、控訴人らの被控訴人らに対する自賠法三条及び七二条一項後段に基づく請求は理由がない。

三被控訴人丁海に対する民法七〇九条による請求について

1  前記認定事実によれば、被控訴人丁海は、シンナー吸入によって意識朦朧状態にありながら加害車両の運動を開始し、時速約一〇〇キロメートルの高速度で運転をして、本件事故を発生させたものであるから、同被控訴人には加害車両の運転回避義務違反及び高速度運転の過失があり、これによって生じた損害を賠償すべき義務がある。

2  損害額についての認定判断は、原判決理由四項記載のとおりであるから、これを引用する。

そうすると、亡一郎の損害額合計は三六六四万四二一四円となる。

3  過失相殺の抗弁について

前掲各証拠、殊に〈書証番号略〉によれば、亡一郎は、被控訴人丁海と一緒にシンナーを吸入し、ともに酔った状態にあり、被控訴人丙沢から「やめておけ。」と制止されたにもかかわらず、これに従わず、ヘルメットを着用することもなく、心身とも不安定な状態で被害車両を運転したことが認められる。なお、本件事故は被害車両を約二五〇メートル走行した際に発生したことは、前記認定のとおりである。

そうすると、亡一郎は被控訴人丁海の前記シンナー影響下における運転に一因を与えており、また、自らもシンナーの影響下にあってヘルメットを着用せず、加害車両を追随させた過失があるから、過失相殺すべきところ、被控訴人丁海の過失と比較すれば、その過失割合は五割と認定するのが相当である。

そうすると、過失相殺後の損害額は一八三二万二一〇七円となる。

4  原審における控訴人甲野春子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡一郎の相続人はその両親である控訴人ら両名であることが認められる。そうすると、控訴人らは、各二分の一の割合の法定相続分に従い、各九一六万一〇五三円(円位未満切捨)の損害賠償請求権を相続したこととなる。

5  弁護士費用は、控訴人ら各自について九〇万円が相当である。

6  したがって被控訴人丁海は控訴人らに対し、各金一〇〇六万一〇五三円及びこれに対する不法行為の日である平成元年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四よって、控訴人らの被控訴人丁海に対する請求は右金員の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がないので、これと異なる原判決主文中被控訴人丁海に関する部分を主文一項のとおり変更し、控訴人らの被控訴人丙沢及び同国に対する各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから、同被控訴人らに対する本件控訴は理由がなく、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九五条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 上野利隆 裁判官 一志泰滋)

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